翻訳家の価値観が入ってしまう場合
海外の小説などを日本語に翻訳する様な仕事も、翻訳家や翻訳会社には大切な収入源と言えるでしょう。
小説などを翻訳する場合は、あまり原文を崩さずに、作者の意図を読み取って、翻訳しなければいけないのですが、翻訳家の私情が入ってしまい、作者が本来表現しようとしていた意図からずれてしまう事も多々あるそうです。
翻訳家と言うのは、ただ、二ヶ国語を使えるだけでは駄目で、両方の言語の文章力を備えていなければ、なる事は難しいでしょう。
その様に、文章力をもってしまっているばかりに、作者が書きたい表現に私情を挟んでしまい、まるで翻訳家が書いた小説の様になってしまう事もあると言うのです。
英語などは、日本語の様に語彙が豊富ではない為、時には大袈裟な表現方法をとった方が良い場合も多々ありますが、やりすぎはいけません。
例えばですが、ミステリー小説などで、作者がわざと犯人が分からないように濁している表現を使っているのにも関わらず、読者に分かりやすい様にと翻訳家が、表現を付け足してしまえば、ミステリーとして成り立たなくなってしまう場合もあるのです。
しっかりとした翻訳会社などでは、この辺りも踏まえいくら語学力があろうとも、私情をいれてしまう様な人物は採用しないかもしれません。
翻訳家の描写
小説や雑誌などを翻訳する際に、翻訳家や翻訳会社は描写の仕方に気をつけると言います。
英語などは、日本語に比べると語彙が少ないので、原文のまま描写してしまうと、小説としては稚拙な描写になってしまう事もあるのです。
そして、英文の小説だとしても、日本語に翻訳して出版する以上は、読者からすると日本からの出版物として読む事になるので、日本人の目線に合わせ表現しなければいけなく、英文で「目の前には素晴らしい景色が広がっている」と言った文章だとすると、「素晴らしい景色」と言う部分は直訳せずに、実際にどの様な景色が広がっているのか、描写する事が必要となってくるのです。
例えば、山脈の景色の描写ならば、「そびえ立つ雄大な山脈には、霞がかっていて、神々の城の様に見えた」などの様に、その景色を読者に伝えわる様に表現する事が、日本の小説などでは必要となってくるのです。
この様に、翻訳家や翻訳会社は、英文の描写方法を日本の文書に翻訳する時には、日本人の目線に立ち、日本人でも楽しめる様に翻訳する事が大事だと言えるのではないでしょうか。