存在しない単語
翻訳家や翻訳会社は、海外の言葉を日本語に翻訳するだけではなく、日本の言葉を海外の言葉に翻訳する仕事も存在します。
日本語と言うものは大変表現方法が豊富で、一つの意味を捉えても沢山の表現方法が存在するのです。
例えば、「体が熱い」と言った言葉でも日本語ならば、「火照っている」とか「口から火が出る様だ」とか、その時の状態や場面によって、様々に使い分ける事が出来ますが、英文などには日本語ほどに多くの表現方法はありません。
そして、日本語と英語で同一の言葉でも、意味が逆になってしまう場合もあり、「目を細める」と言った表現では、日本語ではうれしい時や愛しいものを見る時などに使用されますが、これが英文だと、人を疑っている時の表現方法として使用されます。
ですから、この様な表現を翻訳する時に直訳してしまった場合、日本語から英語に訳しても英語から日本語に訳しても、意味が違ってきてしまうのです。
更には、一方の言語では存在する単語でも、もう一方の言語では存在しない単語などもあります。
侍などは日本独自の文化ですので、英語でも「Samurai」となりますが、侍の概念が全くない英語圏の人物に「Samurai」と言ったところで伝わらないはずですので、侍の事を知らない人物にでも理解出来る様に翻訳する事が必要となってくるのです。
翻訳する際に間違いを直す
小説などを翻訳する際に、英文の間違いを直す場合もあります。
例えば「空を見上げながら周りを見渡した」などの文章だと、空を見ているのに周りも見ていると言った、矛盾した表現になってしまっています。
これは、ただの間違いなのか小説を書いた人物の文章力が稚拙なのかは分かりませんが、この様な表現の矛盾に気づいた翻訳家や翻訳会社は、翻訳する際に直す事が多いです。
その人物によっては、小説の色を残すために、あえてそのまま翻訳する事もありますが、そのまま翻訳してしまうと、翻訳家の文章力も疑われてしまう恐れもありますので、大抵の翻訳家や翻訳会社は直すでしょう。
そして、翻訳家や翻訳会社の考え方によっては、先程の例文でしたら、「空を見上げた後に周りを見渡した」と言う文章が正しいのでしょうが、「空を見上げた後にゆっくりと周りを見渡した」などの様に、少し表現を付け足して翻訳する場合もあります。
多国籍の言葉がしゃべれるからと言って間違いに気づく事が出来ないくらいの文章力では、翻訳家を目指すのは難しいかもしれません。